〜プロローグ〜(ここのページは全画面で見てください。)
漢(をとこ)が舞っていた。
灰色に曇った低い雲の下、熱く艶かしい漢がふんふん踊りながら近寄ってくる。
この街の冬に漢の裸踊りは特別なことじゃない。
駅からまばらに出てくる人も、駅前から商店街へ続く道を行く人も、その漢にしばし見入っていくのである。
中でひとり、愛沢憂一は、マフラーを鼻の上まで引き上げ、コートのポケットに手を突っ込んで体を丸め、不慣れな
ビジター丸出しで湿った木のベンチに座っていた。
・・・醜い。
駅前のロータリーの真ん中で踊り狂う漢はかれこれ2時間は踊っている。
なんでいつまでも踊ってんだ?半袖、半ズボンでよくやるな。
・・・それにしても、待ち合わせはたしか1時じゃなかったか?
・・・・・・遅い。
たしかめるにも相手の電話番号を控えてこなかった。
家族の転居のため、一足先にこの街へと移ることになり、いま、憂一はこれから一時的にだが世話になる予定の、水瀬家の少女の迎えを待っている。
・・・・・・寒い。
鼻の中まで凍りつきそうだ。
憂一は、白く冷たい外の空気と、この空気の中で待たせる相手に抗議するように、じっと動かず座り続けた。
そのとき、ふいに少し寒さがやわらいだ気がした。
雪はますます密度を増して、風まで出てきているというのに・・・・・・。
雪の空をバックに漢が憂一の顔を覗いていた。
血潮がたぎり、血湧き肉踊るような大きな目。その目が、憂一の背筋をぞっと震え上がらせた。そうだ!さっきまでロータリーで踊り狂っていたやつだ!
漢「ふん、ふん、ふん、はあっ!!」
漢は気合一発、肉体を見せつけながら言った。その体から湯気が出ていることは憂一も、とっくに気がついていた。
憂一「誰だ、あんた?」
漢「貴様の従兄弟だ!」
漢が得意げに言葉を放った。
漢「まさか忘れたのではあるまいな?」
おかしい。たしかいとこは女の子だったはず。
そうだ、たしかに女の子だったはず。
漢「・・・・・・ぬううんっ!」
沈黙に耐え切れず漢は肉体を鍛えていた。
漢「はあっ!ふふふん!」
憂一「寒くないのか?」
漢「なんの!」
憂一「そうか・・・」
憂一はうなだれた。頭の雪がはらはらと落ちた。
漢は憂一にリポビタンDを差し出した。
漢「さあ、飲め!」
憂一は2時間ぶりにコートのポケットから手を出してそれを受け取った。ビンは漢の体温によりアツアツで、しばしば素手で持つには熱すぎる。が、いまの憂一の手にはむしろ熱さが気持ちよかった。
憂一「は! いつのまにかはめられてる!」
すっかり漢のペースだ。
漢「うむ、肉体が武者震いするわい」
憂一「ぶはあぁっ!!」
飲んではみたが、かなりの不味さだ。体温でアツアツの時点で飲むべきではなかったな・・・。
漢「そろそろ本題に戻るか!」
漢はポーズを決めて憂一にほほえみかけた。憂一は再び背筋が震え上がった。
漢「オレの名を言ってみろぉぉぉぉぉぉーーー!!!!」
憂一「お前こそ、おれの名前知ってるか?」
憂一はカウンターを決めた気分だった。
漢「愛沢憂一」
憂一「・・・・・・」
なぜこいつはおれの名を知っている!?
憂一「・・・水瀬名雪?」
漢「違う!俺は男の中の漢だ!!」
わけがわからん。記憶の中ではいとこは女の子だった。
憂一は再びリポビタンを飲んだ。その生暖かさは漢の肉体を思わせ、気持ち悪さが全身に広がった。えっと軽く声をかけて憂一は立ちあがった。雪を払い、関節を少しひねって動かした。
憂一「じゃ、行こうか」
ズムッ
憂一「ぐふうっ!?」
漢の拳が鳩尾に食い込んだ。憂一は地面に崩れ落ち雪の上に体を転がした。
漢「相変わらずいけずだのう」
漢は憂一に懐かしさをこめて言った。憂一にはまったく覚えがない。
憂一の薄い昔の記憶の中にも、たしかに、憂一にからかわれながらも必死であとをついてくる女の子はいても、男の子はいなかった。
あれはたしかに少女 だった ・・・・・・。
一瞬意識が途切れた気が
する。が、目の前の雪がいよいよ白く煙るように降ってきて、目を閉じたらもう、そのまま凍死してしまいそうだった。
漢「憂一」
漢は憂一を抱え上げた。憂一はささやかな抵抗をした。しかしこの漢にはまったく意味がなくそのまま肩に乗せられた。
漢「おれの名前は・・・・・・」
空を仰ぎながら、雪をその身で感じながら、漢はその場で立ち尽くした。はたで見たら妙なふたりだろう。
憂一は改めて街を見た。
抱え上げられているせいで、景色が逆に見える。雪に覆われていることをのぞけば、憂一がもといたところと変わらない、平凡な街。
それでも見ているうちに後悔の念が少しずつわいてくる。
7年ぶりの街。
7年ぶりの雪。
そして、7年ぶりに出会うはずだった少女。
漢「おれの名は・・・」
憂一「う・・・何とかせねば・・・」
再びボディブローを喰らったら生きてはいられまい。
が、どう考えても、この漢を知っているとは思えない。
漢「憂一よ」
憂一は肩から降ろされ、目の前に立たされた。
漢「おれの名は、皆死 魔癒戯(みなしまゆぎ)」
ズムッ
憂一「ぐふ・・・・・・」
考える間もなく、真っ白な雪の上へ倒れこんだ。
漢「むふぅ☆」
最後にかろうじて聞き入れた声は、憂一を絶望で満たすのに充分であった・・・。
後日人々が言うには、その日ひとりの漢が青年を背負いながらどこかへと消えていったという。満面の笑みを浮かべながら・・・。
〜第一章 編入初日〜 へ続く
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